20章:BJTの電流値の検討

 本章では、BJTの電流値の検討をしてみたい。結論を先に言うと理論的に電流値を正確に求めるのはかなり難しく、簡易的に電流値を求める関係式を導き出すことはできなかった。多くの参考書が定性的な説明で終わっているのも、理論式の難しさからきているのであろう。
  1.  電流を求める関係式
     自由電子を例にとれば、自由電子の全電流密度(A/m2)[Je]はドリフトと拡散成分の和となる。
      [Je]=q[μe]nE+q[De]∇n ---(20-1)
     ここにq=電子電荷、[μe]=自由電子移動度、n=自由電子の濃度、[De]=自由電子の拡散係数、∇n=自由電子の濃度勾配である。
     同様にして、正孔では、
      [Jh]=q[μh]pE-q[Dh]∇p ---(20-2)
     が成立する。
     また、電界EとポテンシャルエネルギーΦの間には下記の関係がある。
      E=-∇Φ -----(20-3)
     (20-1)式において、[Je]=0、と(20-3)式の関係を代入し、整理すれば、
       ∇n/n=([μe]/[De])∇Φ ----(20-4)
     (20-4)式を積分して
    、    Ln(n)=([μe]/[De])Φ+C -----(20-5)
     (20-5)式において、Cは任意の定数である。(20-5)式を変形すると
       n=C EXP(([μe]/[De])Φ) -----(20-6)
     同様にして正孔の密度pは
       p=C EXP(-([μh]/[Dh])Φ) -----(20-7)

     熱平衡状態で電流が零の場合を考えるとエネルギーと密度nとの間には「4章:ボルツマン分布」で学んだ(4-12)式の関係が成立する。

    (4-12)式の関係をポテンシャルエネルギーと自由電子の密度nの関係に変換すると、下記式が成立する。
       n=[ni]EXP(qΦ/kT) ----(20-8)
     同様に正孔の密度pは
       p=[pi]EXP(-qΦ/kT) ----(20-9)
     の関係式が成立する。

       (20-6)式と(20-8)式、(20-7)式と(20-9)式はそれぞれ一致しなければならない。
     従って、下記の関係式が成立する。
      [μe]/[De]=[μh]/[Dh]=q/kT ----(20-10)
      [De]/[μe]=[Dh]/[μh]=kT/q ---(20-11)
     (20-11)式はアンシュタインの関係式として知られている。
     (20-1)式と(20-11)式から、
      [Je]=[μe](qnE+kT∇n) ---(20-12)
     となる。(20-12)式に入力必要な値は我々は既に19章で求めている。従って(20-12)式から電流値を求めることが可能である。

     
  2.  自由電子の密度の傾斜∇nの算出
     我々は既に19章で自由電子の密度nを求めており、密度の傾斜∇nは容易に計算できる。ところで、計算に用いる自由電子の密度nは電圧印加時と平衡状態の差分を用いるべきである。なぜなら、平衡状態になるように拡散電流が流れるのであって、実効的には電圧印加時と平衡状態の差分が有効となるからである。

     電圧印加時と平衡状態の差分の自由電子の密度nと密度の傾斜∇nの計算結果を図20-1に示す。

  3.  自由電子の電流密度[Je](A/m^2)の算出
     (20-12)式で電流密度[Je]を算出するためには、∇n以外に電界Eの分布を決定する必要がある。
     ここで、電界Eの分布をエミッタ領域内で一定、ベースエミッタ領域内で零、コレクタ領域内で一定と仮定し計算を実行してみよう。

     電界Eの分布と自由電子の電流密度[Je]の計算結果を図20-2に示す。

  4.  電流計算結果の検討
     図20-2の自由電子の電流密度[Je]の計算結果をみると矛盾に満ちた結果となっている。
     本来、エミッタ領域内で電流値は一定でなければならない。また、ベース領域内の電流が零というのはおかしい?さらにはコレクタ領域内の電流値は一定でなければならない。

     なぜ?この様な結果となったのであろうか?この理由として下記の点が考えられる。
    (1)電界Eの分布をエミッタ領域内で一定、ベースエミッタ領域内で零、コレクタ領域内で一定という仮定は正しくない。
     おそらく、半導体の各領域内の電界Eは一定ではなく、分布を持つと考えるべきであろう。逆に領域内の電流が一定になるように、電界Eが決定されると考えるべきである。
    (2)[Je]=[μe](qnE+kT∇n) ---(20-12)式は自由電子の慣性力(運動エネルギー)が無視されており、ベース領域のように極めて薄い微少領域における自由電子の運動を正しく表現していない。
     自由電子の慣性力を考慮すれば、(20-12)式はもっと複雑な式で表現されるのであろう。

  5.  電流計算結果の纏め
    (1)バイポーラ(BJT)トランジスタの電流特性を簡易的に計算しうる関係式をみいだすことはできなかった。
     実用的には、バイポーラ(BJT)トランジスタの電流特性は実験的に求めればよく、理論的に正確に予測することは、かなり困難な計算となる。
    (2)理論的にバイポーラ(BJT)トランジスタの電流特性を求める計算は既に一般知識の領域を越えており、専門の研究者に任せざる得ない。
    (3)以上の理由により、バイポーラ(BJT)トランジスタの特性は多くの参考書で定性的説明となっている。


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