4章:トリモチとレプリカ

    作成2011.09.30
  1. トリモチとは?
     トリモチとは石英スタンパ表面に付着した異物を取り除く作業です。
     トリモチの作業手順の一例を図4-1に示します。
    1. レジスト滴下
       レジスト滴下の状況を図4-1(a)に示します。
      ・石英スタンパは離型処理済とします。
      ・石英スタンパを保存中に異物が付着することはよくあります。
      ・石英スタンパの上に適量のレジストを滴下します。

    2. アクリル板セット
       アクリル板セットの状況を図4-1(b)に示します。
      ・あらかじめカップリング処理を行ったt1mmのアクリル板をセットします。
      ・軽く押してレジストを広げます。 (あまり強くは押しません。)
      ・アクリル板をセット後UV光を照射し、レジストを硬化させます。

    3. 剥離
       剥離の状況を図4-1(c)に示します。
      ・剥離の際は、石英スタンパを真空吸着し、アクリル板をしならす ようにすると安全に剥離できます。

    4. 注意事項
      ・トリモチ用のレジストは、小さな異物が混入しても問題はありません。
      ・アクリル板のカップリング処理時の異物は問題ありません。 (カップリング剤をガーゼ等で塗っても問題をしょうじません。)  異物が問題とならないのは、あまり加圧しませんので、異物が レジスト中に埋もれてしまうからです。


  2. レプリカとは?
     トリモチを実施すると石英スタンパのレプリカができます。
     しかし、基板がアクリル板ですと、断面SEM観察用の試料が 作成しにくい問題が生じます。
     このため、アクリル板からSi基板に変更して、トリモチと同じ作業 を実施します。
     Si基板は断面SEM観察用の試料を作りやすい特徴があります。

     Si基板を使用するとSi基板側からUV光を照射できませんので 石英スタンパ側から照射することになります。

     剥離の場合、アクリル板と同様に石英スタンパを真空吸着し、Si基板をしならす 用にした方が安全です。
     Si基板の方がt1mmのアクリル板より剥離しにくいことに気づくでしょう!!

     基板材料以外には、レジストの硬化後の硬化収縮と硬さ、スタンパのアスペクト比が 離型性に影響します。



  3. パターン付スタンパが離型しにくくなる原因
     図4-2のUV硬化後の応力状態を示します。
     UV硬化樹脂をUV硬化すると僅かに収縮します。 この収縮量を石英スタンパ、基板、レジスト(UV硬化樹脂)のいずれかの変形で 吸収する必要が生じます。
     石英は硬く変形しにくい材料です。もし、基板がSiのように変形しにくい材料の 場合、レジストの変形で吸収する必要があります。
     もし、UV硬化後のレジストが硬い性質を持つ場合、レジストを変形させるため、 パターン段差部で周辺から中心に向かう強い圧縮応力が働きます。
     この圧縮応力の発生がパターン付スタンパで離型しにくくなる原因です。
     パターンが無い場合は、圧縮応力が発生しないため、容易に離型できます。

     対策としては、スタンパと基板材料の変更は難しい場合が多いので、レジスト(UV硬化樹脂) の特性で対応する必要があります。

     レジスト(UV硬化樹脂)の硬化後の特性としては、適度な弾力性があることが、離型性を 改善する上で有効であることがわかります。
     

  4. ラジカル重合開始剤の選定
     レジストの調合作業は、複数種類のらラジカル重合性の樹脂とラジカル重合開始剤の 混合作業です。
     特に、ラジカル重合性の樹脂の種類は数えきれないほどです。材料の組合せは 無限に近く、どの様に最適化するかが課題です。
     しかし、ラジカル重合開始剤の種類は比較的限られており、選定は容易です。 まずは、ラジカル重合開始剤の選定を行います。

     添加剤ドットコムの重合開始剤は以下のアドレスです。
    添加剤ドットコムの重合開始剤


     アルキルフェノン系光重合開始剤を以下の表に示します。
    商品名 粉体 液体 融点  
    IRGACURE 651   64-67℃ ベンジルジメチルケタール(BDK)
    IRGACURE 184   45-49℃ α-ヒドロキシアルキルフェノン
    DAROCUR 1173   4℃ α-ヒドロキシアルキルフェノン
    IRGACURE 2959   87-92℃ α-ヒドロキシアルキルフェノン
    IRGACURE 127   82-90℃ α-ヒドロキシアルキルフェノン
    IRGACURE 907   70-75℃ α-アミノアルキルフェノン
    IRGACURE 369   110-114℃ α-アミノアルキルフェノン
    IRGACURE 379EG   82-87℃ α-アミノアルキルフェノン
     上記の表でわかるのは、粉体か液体かと融点のみです。
     これだけで、選択の判断はできないのですが、分子量が小さいと融点が低く、また紫外線の吸収が小さくなる関係があります。
     反対に分子量が大きいと融点が高くなり、紫外線の吸収が大きくなって、感度が高くなります。
     目的に応じて、使用する光重合開始剤の種類を変更する必要があります。
     通常、厚膜用レジストには、紫外線の吸収が小さい光重合開始剤を用います。
     反対に、極薄の薄膜用には、紫外線の吸収が大きい光重合開始剤を用います。

    1. DAROCUR 1173
       この光重合開始剤は、液体で調合しやすい利点があります。紫外線の吸収が小さく感度は小さいですが かなり厚みのあるレジストで底まで硬化することができます。
       CAS No 7473-98-5 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として購入することが可能です。
      ・和名 : 2-ヒドロキシ-2-メチルプロピオフェノン
      ・TCI製品コード : H0991
      ・分子量 =164.20

       DAROCUR 1173の分子構造を図4-3にしめします。
       この分子構造においては、ベンゼン環が紫外線を吸収し、エネルギーを 得ます。このエネルギーが分子内を伝播し、酸素の2重結合がある不安定部分の結合 を切ります。
       このため、共有結合が切れたラジカルが発生し、ラジカル重合反応を開始させます。

       以下DAROCUR 1173をD-1173と略して記載します。


    2. IRGACURE 651
       この光重合開始剤は固体です。紫外線の吸収は中ぐらいで、中程度の膜厚の スピンコートレジストに適用します。
       CAS No 24650-42-8 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として購入することが可能です。
      ・和名 : 2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノン
      ・TCI製品コード :D1702
      ・分子量 =256.30
       この分子構造においては、ベンゼン環が2個あり、これが紫外線を吸収し、エネルギーを 得ます。このエネルギーが分子内を伝播し、酸素の2重結合がある不安定部分の結合 を切ります。
       このため、共有結合が切れたラジカルが発生し、ラジカル重合反応を開始させます。

       以下IRGACURE 651をI- 651と略して記載します。


    3. IRGACURE 907
       この光重合開始剤は固体です。紫外線の透過率と感度のバランスに優れています。、中程度膜膜の スピンコートレジストに適用します。  CAS No 71868-10-5 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として販売されていませんが、シグマ アルドリッチ ジャパン からは試薬として販売されています。(非常に多くの種類の試薬を扱っています。)
      ・和名 : 2-メチル-4′-(メチルチオ)-2-モルホリノプロピオフェノン
      ・製品番号 405639-50G
      ・分子量 =279.40
       この分子構造においては、ベンゼン環が1個あり、これが紫外線を吸収し、エネルギーを 得ます。このエネルギーが分子内を伝播し、酸素の2重結合がある不安定部分の結合 を切ります。
       このため、共有結合が切れたラジカルが発生し、ラジカル重合反応を開始させます。

       以下IRGACURE 907をI-907と略して記載します。


    4. IRGACURE 369
       この光重合開始剤は固体です。紫外線の吸収が強く、薄膜の スピンコートレジストに適用します。厚膜に適用すると底まで紫外線が届かなくなります。
       CAS No 119313-12-1 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として販売されていませんが、シグマ アルドリッチ ジャパン からは試薬として販売されています。(非常に多くの種類の試薬を扱っています。)
      ・和名 : 2-ベンジル-2-(ジメチルアミノ)-4′-モノホリノブチロフェノン
      ・製品番号 405647-25G
      ・分子量 =366.50
       この分子構造においては、ベンゼン環が2個あり、これが紫外線を吸収し、エネルギーを 得ます。このエネルギーが分子内を伝播し、酸素の2重結合がある不安定部分の結合 を切ります。
       このため、共有結合が切れたラジカルが発生し、ラジカル重合反応を開始させます。

       以下IRGACURE 369をI- 369と略して記載します。


    5. トリモチ用レジストの光重合開始剤
       トリモチ用レジストの光重合開始剤はD-1173とします。

  5. ラジカル重合レジスト材料の選定
     ラジカル重合レジスト材料の選定は、レジストの多くの特性を決定するため重要です。
     選定にあたっては、分子構造が明らかな低分子のラジカル重合レジスト材料のみで 十分な特性がえられればよいのですが、低分子のラジカル重合レジスト材料では 弾力性が優れたUV硬化樹脂を得ることが難しいのです。
     高分子型のラジカル重合レジスト材料を使用すると弾力性に優れたUV硬化樹脂を 得やすいのです。 反面、高分子型のラジカル重合レジスト材料は、分子構造が不明であり、また類似の 樹脂がたくさんあります。
     このような、高分子型のラジカル重合レジスト材料は木工、建築等で大量に消費される のが一般的で、試薬として入手するのが困難です。

    1. トリモチ用ラジカル重合レジストの選定基準
       ラジカル重合レジストの種類は膨大でとても全てを試してみるわけにはいきません。
      ・ラジカル重合反応基がアクリレート基であること。 アクリレート基が最も反応性に優れます。メタクリレート基は湿ったまきのように反応がにぶくなります。 アリル基はさらに反応性が悪化します。
      ・アクリレート基が1分子中に2個以上あること。  反応基が1個ですと、ライン状にきり結合できません。繊維状の結合では、3次元物体としての 十分な強度がえられません。反応基が2個以上あると結合は3次元結合となり、3次元物体としての 強度が確保されます。
       ただし、反応基が1個で3次元固体となる例外材料があります。(4-アクリロイルモルホリン CAS No 5117-12-4)

      上記の選定基準で候補材料を比較評価します。

    2. 不飽和ポリエステル樹脂
       不飽和ポリエステル樹脂は高分子型のラジカル重合レジスト材料であり、 試薬としての入手は困難です。
       以下の材料を評価します。
      ・スチレン型不飽和ポリエステル樹脂
      ・サンドーマ CN-325 ディーエイチ・マテリアル(株)
      ・外観 淡黄色液体 粘度 1200mPa・s(25℃)
      ・用途 木工塗料用ワニス

       以下サンドーマ CN-325をCN-325と略して記載します。

    3. ウレタンアクリレート
       ウレタンアクリレートは高分子型のラジカル重合レジスト材料であり、 試薬としての入手は困難です。
      ・紫光 UV-6640B 日本合成化学
      ・外観 淡黄色の粘稠  粘度 20000mPa・s(60℃)
      ・分子量分布 Mw=5000

       以下紫光 UV-6640BをUV-6640Bと略して記載します。

       上記レジストは粘度が高く扱いにくい問題がありますが、 ウレタンアクリレートは入手が難しいのでとりあえず、 上記の材料を代表して評価します。

       粘度を下げたい場合は下記の材料があります。
      脂肪族ウレタンアクリレート
      EBECRYL 9260 ダイセル・サイテック(株)
      ・色相 ガードナー2  粘度 3000mPa・s(60℃)
      ・分子量 1500 官能基数 3

      その他ダイセル・サイテック(株)製品
      ・アクリリレートノモマー (単官能〜4官能まで)
      ・芳香族ウレタンアクリレート
      ・ポリエーテルアクリレート
      ・ポリエステルアクリレート
      ・アクリルアクリレート
      ・UVカチオン硬化性樹脂
      等、さまざまな材料を扱っています。

    4. テトラエチレングリコールジアクリラート T1569
       CAS No 17831-71-9 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として購入することが可能です。
      ・和名 : テトラエチレングリコールジアクリラート
      ・TCI製品コード : T1569
      ・分子量 =302.32
      ・粘度 18mPa・s(25℃)

       以下テトラエチレングリコールジアクリラートをT1569と略して記載します。


    5. 4-アクリロイルモルホリン A0841
      CAS No 5117-12-4 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として購入することが可能です。
      ・和名 : 4-アクリロイルモルホリン
      ・TCI製品コード : A0841
      ・分子量 =141.17
      ・この材料は、アクリリレート基が1個ですが、硬化物は3次元的強度を持ちます。
      ・無水酸と同じ分子構造を持っているため、クロロホルム 水 アルコール トルエン ベンゼン アセトン等 に溶解する性質があります。
      (一般的なレジストは、水 アルコールには溶解しません。)
      ・粘度 12mPa・s(25℃)

       以下テ4-アクリロイルモルホリンをA0841と略して記載します。


    6. ネオペンチルグリコールジアクリラート N0790
       CAS No 2223-82-7 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として購入することが可能です。
      ・和名 : ネオペンチルグリコールジアクリラート
      ・TCI製品コード : N0790
      ・分子量 =212.24
      ・粘度 6mPa・s(25℃)

       以下ネオペンチルグリコールジアクリラートをN0790と略して記載します。


    7. トリメチロールプロパントリアクリラート T0949
       CAS No 15625-89-5 で分子構造が特定されています。
       この材料は東京化成工業から試薬として購入することが可能です。
      ・和名 : トリメチロールプロパントリアクリラート
      ・TCI製品コード : N0790
      ・分子量 =296.32
      ・粘度 110mPa・s(25℃)
      ・アクリレート基が3個あります。

       以下トリメチロールプロパントリアクリラートをT0949と略して記載します。


  6. トリモチ用ラジカル重合レジストの単体硬化テスト
     トリモチ用ラジカル重合レジストの単体硬化テストを行います。
    1. サンドーマ CN-325
      ・配合比 CN-325:D-1173=10:1
      ・硬化物の弾力性 適度な弾力性があります。

    2. 紫光 UV-6640B
      ・配合比 UV-6640B:D-1173=10:1
      ・硬化物の弾力性 評価した中で最も弾力性があります。
      ・粘度が高く調合がやりにくい問題があります。

    3. テトラエチレングリコールジアクリラート T1569
      ・配合比 CN-325:D-1173=10:1
      ・硬化物の弾力性 弾力性があります。

    4. 4-アクリロイルモルホリン A0841
      ・配合比 CN-325:D-1173=10:1
      ・硬化物の弾力性 弾力性があります。
      ・性質が特殊であり、他のレジストとの親和性に不安が残ります。

    5. ネオペンチルグリコールジアクリラート N0790
      ・配合比 CN-325:D-1173=10:1
      ・硬化物の弾力性 硬く、脆い性質です。

    6. トリメチロールプロパントリアクリラート T0949
      ・配合比 CN-325:D-1173=10:1
      ・硬化物の弾力性 硬く、脆い性質です。
     
  7. トリモチ用ラジカル重合レジストの配合比の決定
     ここまで検討したら、後は直感で配合比を決定します。
     ウレタンアクリレートは特性的に優れていますが、ここでは調合のやりやすさを考慮して、 扱いやすい粘度になるように決定しました。
    ・トリモチ用ラジカル重合レジストの配合比 CN-325:T1569:D-1173=1:1:0.2
    ・粘度は200mPa・s(25℃)と18mPa・s(25℃)の中間の粘度になります。
    ・この配合で、離型性と作業性の良いトリモチ用ラジカル重合レジストが得られることが確認できます。




5章:ノーマル薄膜用のスピンコートレジストに行く。

トップページに戻る。