21章:塗装の話

    作成2012.02.23
     装置のカバーやパネルは、t1程度の冷間圧延鋼板(SPC)を用い板金加工で製作します。そして、錆び防止とデザイン性向上 のため、塗装を行います。
     デザイン性は感覚的であり、形状、色、つやの決定は厄介です。塗装条件の詳細はノウハウのベールにつつまれています ので、詳細条件は塗装家さんにおまかせするのが一般的です。

  1. 塗装の種類
    1. 塗り方の種類
      ・ハケ塗り、ローラー塗り ;建築物の外装、床等の塗装に使われる。
      ・吹付塗装 :エアコンプレッサーを使用して吹きつける。(一般工業部品に使用)
      ・ エアレススプレー:塗料を高圧にしてその圧力で噴霧する。
      ・ ロールコーター :大型のゴムロールに塗料をつけ、これを被塗物に塗布して厚みの一定な塗膜をつくる。
      ・浸漬塗り :塗料中に被塗物を漬け、その後引き上げる。
      ・電着塗装 :塗料と被塗物にそれぞれ違う極性の静電気を負わせて、水性塗料中に被塗物を入れて塗装する方法。一般的にアニオ ン電着塗料とカチオン電着塗料の2種類がある。現在の電着塗料のほとんどは、カチオン電着塗料に置き換わっておりアニオン電着 塗料はほとんど使用されていない。
      ・静電塗装 :被塗物を正極(+)、噴霧状にした塗料を負極(−)に帯電させ、電気的に塗料を被塗物に吸着させる。
      ・粉体塗装 :粉末状の樹脂からなる塗料を、静電気により被塗物に付着させた後、加熱溶解して塗膜を形成する。

    2. 硬化方法
      ・水分の蒸発:水性塗料は水を溶剤とし水分の蒸発で硬化します。
      ・有機溶剤の蒸発:油性塗料はシンナー等を溶剤とし、有機溶剤の蒸発で硬化します。
      ・熱硬化型:100℃以上の加熱により、分子量の小さい有機材料どうしを結合して分子量を大きくすることで硬化させます。
      ・紫外線硬化型:紫外線を照射することにより、分子量の小さい有機材料どうしを結合して分子量を大きくすることで硬化させます。
      ・反応硬化型:硬化剤を混ぜることにより化学反応で分子量の小さい有機材料どうしを結合して分子量を大きくすることで硬化させます。

       塗り方と硬化方法は、組合せとなりますので塗装の種類は多くなります。
       装置のカバーやパネルは多くの場合、焼付け塗装を使用します。一般的な焼付け塗装においては、吹付塗装 と熱硬化型の組合せとなります。

    3. 塗料
       具体的な塗料に関しては 日本ペイント株式会社
      http://www.nipponpaint.co.jp/index.html
      で詳細な情報を得ることができます。


     
  2. 焼付け下塗り塗料
     本来、金属と樹脂の接着力は弱く、剥がれてしまう可能性があります。接着力を強めるには、塗装表面を凸凹にして機械的 結合を強める方法と金属との接着性が良い材料を用いる方法が考えられます。
     下塗り塗料は金属との接着性を考慮した材料と思われます。

     下記は焼付け下塗り塗料の公開情報例です。
    着色顔料=20%(wt)
    防錆顔料=5%(wt)
    体質顔料=15%(wt)
    特殊変性エポキシ樹脂ワニス=40%(wt)
    溶剤=18.5%(wt)
    添加剤=1.5%(wt)
    粘度=70(KU) (=約600mPa・s)
     具体的な材料名は上記の成分表からは特定できません。しかし、色に関する材料が顔料であり、金属に対する接着性が特 殊変性エポキシ樹脂ワニスであり、粘度調整が溶剤であり、硬化特性が添加剤であることは想像できます。

     特殊変性エポキシ樹脂ワニスとは何か?これは推定するきりありません。
     エポキシ樹脂とは、両端にエポキシ基を持つ分子の総称であり、さまざまな種類があります。一例としてビスフェノール A型エポキシ樹脂の分子構造を図21-1に示します。



     ビスフェノールA型エポキシ樹脂はエポキシ接着剤の主成分としてよく使用されます。
     図21-1に示すビスフェノールA型エポキシ樹脂の分子構造から、特性を推定してみましょう。
    1. 両端のエポキシ基
      ・反応基であり、結合して硬化する特性があります。硬化反応は、(a)硬化剤による化学反応、(b)熱効果、(c)紫外線硬化等が予想されます。
      ・ジエチレントリアミン等の脂肪族アミンやメタフェニレンジアミン等の芳香族アミンと混合すると、硬化反応がおこります。(2液混合 型接着剤に多く用いられます。)
      ・DDSA(テトラプロペニル無水コハク酸)CAS 26544-38-7やMNA (テトラヒドロ無水フタル酸)CAS 11070-44-3と混合すると硬 化反応が起こります。この反応は穏やかであり反応を促進するには、DMP-30(2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール)CAS 90-72-2  を少量加える必要があります。(電子顕微鏡、光学顕微鏡用包埋剤に応用されています。)
      ・無水酸のような分子構造は、多くの材料の表面に出現しやすく、この反応が接着力を強めていると思われます。

    2. カチオン重合開始剤
      ・カチオン重合開始剤を微量混合して、熱または紫外線を照射すると硬化反応が起こります。
      ・カチオン重合開始剤としては、図21-2に示すような芳香族スルホニウム塩があります。図21-2において、R1とR2 とR3は任意の分子構造を表します。カチオン重合開始剤の具体的な種類は多くあります。
      ・カチオン重合開始剤はイオン結合した分子構造です。
      ・カチオン重合開始剤にはベンゼン環が含まれており、熱または紫外線のエネルギーを吸収して、プラスイオン(カチオン)を発生します。
      ・プラスイオン(カチオン)の作用により、エポキシ基は重合反応をおこします。
      ・熱に敏感なカチオン重合開始剤を用いると熱硬化型の樹脂となります。
      ・紫外線に敏感なカチオン重合開始剤を用いると紫外線硬化型の樹脂となります。


    3. OH基
      ・分子内にOH基を含みます。 OH基同士で脱水縮合反応が起こる事があり、接着力を強める効果があります。

    4. ベンゼン環
      ・分子内にベンゼン環を多く含みます。ベンゼン環はエネルギーを良く吸収する特性があるため、透明性は良くありませんが、熱 やプラズマ等の耐性があり耐熱性に優れます。

    5. カチオン重合の思い出
      ・ナノインプリント用の紫外線硬化型レジストの候補として、カチオン重合型レジストを評価したことがあります。
      ・しかし、カチオン重合型レジストは離型性が悪いという問題がありました。逆にみれば接着性が良いということで焼付け下塗り塗 料には適しています。
      ・ 、カチオン重合型レジストは常温でも、僅かですが反応が進行します。また、温度上昇や紫外線照射により一瞬で硬化することはありま せん。反応には時間がかかるのが特徴的です。
      ・試薬としてのカチオン重合開始剤の種類はたくさんありました。しかし、ほかの材料と比較するとかなり高価でした。もし、カチオン重合開始 剤が塗料等で実用化されているならば、大量生産されて安価な材料となるはずですが?
      ・ナノインプリント用の紫外線硬化型レジストには向かないと判断し、深くは検討しませんでした。

    6. 分子量と溶剤
      ・ビスフェノールA型エポキシ樹脂は繰り返しのnの値で分子量がことなります。分子量が大きくなるに従い粘度が大きくなります。
      ・粘度の大きいビスフェノールA型エポキシ樹脂に溶剤を加えると粘度が小さくなって塗りやすくなります。
      ・塗装後は溶剤が揮発して、粘度が上昇し塗装膜が安定化します。加熱や紫外線照射を行わなくても自然と塗装膜が安定化するた め、塗装作業は容易です。
      ・溶剤は揮発性の高いオイルです。揮発したオイルは人体に対して有害です。また引火性でもあり、換気と火気に十分な注意が必要です。

    7. 焼付け下塗り塗料の特性推定結果まとめ
      ・揮発性の高いオイルが含まれており、換気と火気に十分な注意が必要です。
      ・反応硬化型の材料を含んでおり、常温で長期間保存すると劣化する可能性があります。光の当たらない場所で、冷蔵 または冷凍保管が望ましい。
      ・塗装後は溶剤が揮発して粘度が上昇し、塗装膜が安定します。
      ・塗装膜の重合を促進するには、加熱が必要です。
      ・塗装膜は比較的耐熱性があり、接着性が良い素材です。
      ・塗装膜は紫外線を吸収しやすく、透明感に劣ります。
      ・塗装膜が紫外線を吸収しやすいため紫外線照射では、表面のみの硬化となります。


  3. メラミン樹脂系焼付け塗料
     メラミン樹脂系焼付け塗料は、上塗り用として一般的です。
     下記はメラミン樹脂系焼付け塗料の公開情報例です。
    顔 料=37.0%(wt)
    アル キ ド 樹脂 ワニ ス=42.0%(wt)
    メラ ミ ン 樹脂 ワニ ス=11.0%(wt)
    溶 剤=10.0%(wt)
    添 加 剤=微 量
    粘度=70〜75(KU) (=約600〜640mPa・s)

     具体的な材料名は上記の成分表からは特定できません。しかし、色に関する材料が顔料であり熱硬化性樹脂がアル キ ド 樹脂とメラ ミ ン 樹脂であり、粘度調整が溶剤であることは想像できます。

    1. アル キ ド 樹脂
       さて、アル キ ド 樹脂とはなんでしょうか?アルキド樹脂とは、油脂や他の樹脂(たとえばエポキシ樹脂)をも反応に加え て、変性(性質を調整)したポリエステル樹脂のことです。
       アル キ ド 樹脂は、性質を調整したポリエステル樹脂のことであり、厳密に材料を特定できません。
       ポリエステル樹脂とは、多価カルボン酸(ジカルボン酸)とポリアルコール(ジオール)との重縮合体の総称であり、これもさまざまです。
       代表的なポリエステル樹脂の例としては、PETがあります。この材料はペットボトルの材料として広く使われています。

    2. PET
       PETはテレフタル酸とエチレングリコールが脱水縮合反応した繊維状の分子構造をしています。
       テレフタル酸とエチレングリコールの反応とPETの分子構造を図21-3に示します。



    3. アル キ ド 樹脂
       さて、アル キ ド 樹脂の原材料はさまざまな選択肢があるわけですが、説明上、ヤシ油、グリセリンとフタル酸を反応させたと仮定します。
       ヤシ油は天然の油で複数の種類の脂肪酸で構成されます。代表的なのもはラウリン酸(分子式C12H24O2) です。

       ラウリン酸とグリセリンとフタル酸の反応例を図21-4に示します。



       図21-3のPETと図21-4のアル キ ド 樹脂を比較すると、アル キ ド 樹脂の方が分子量が小さく、機械的強度が劣るこ とが予想できます。また、アル キ ド 樹脂のラウリン酸は油性を持ち水に溶解しないことが予想できます。

    4. メラ ミ ン 樹脂
       メラ ミ ン 樹脂はメラミン樹脂は、メラミンとホルムアルデヒドとの重縮合により製造される合成樹脂で、 引張強度・硬度や耐衝撃性が優れており、家具や化粧版、食器や日用品等に 広く利用されてています。
       メラ ミ ン 樹脂の分子構造を図21-5に示します。メラミンとホルムアルデヒドの反応により、メチロールメラミンが生成されます。
       メチロールメラミンは3個のOH基を持ち、脱水縮合反応によりメラ ミ ン 樹脂となります。
       この反応は1次元的な繊維状ではなく、3次元的に結合することが予想できます。
       従って、メラ ミ ン 樹脂は非常に硬くなりことが予想できます。



    5. 溶剤 
       粘度調整のため、油性の溶剤を混合していると思われます。

    6. 添加剤
       保存性を良くするため、反応抑止剤を微量混合している可能性が考えられます。

    7. メラミン樹脂系焼付け塗料の特性推定結果まとめ
      ・揮発性の高いオイルが含まれており、換気と火気に十分な注意が必要です。
      ・脱水縮合反応硬化型の材料を含んでおり、密閉状態で保管する必要があります。
      ・塗装後は溶剤が揮発して粘度が上昇し、塗装膜が安定します。
      ・塗装膜の重合を促進するには、加熱が必要です。
      ・塗装膜は比較的接着性が良い素材です。
      ・塗装膜の硬さは、アル キ ド 樹脂 (柔らかい)とメラ ミ ン 樹脂(硬い)の混合比で変化します。


  4. アクリル樹脂系焼付け塗料
     アクリル樹脂系焼付け塗料は、上塗り用です。
     下記はアクリル樹脂系焼付け塗料の公開情報例です。
    顔 料=38.0%(wt)
    アクリル樹脂=ワニス36.0%(wt)
    メラミン樹脂=ワニス10.0%(wt)
    エポキシ樹脂=ワニス6.0%(wt)
    溶 剤=10.0%(wt)
    添 加 剤=微 量
    粘度=70(KU) (=約600mPa・s)

     具体的な材料名は上記の成分表からは特定できません。しかし、色に関する材料が顔料であり硬化性樹脂がアクリ ル樹脂とメラミン樹脂とエポキシ樹脂であり、粘度調整が溶剤であることは想像できます。

     アクリル樹脂とは、アクリレート基またはメタクリレート基の反応基を持つ材料が結合した材料の総称であり、非常にた くさんの種類があります。
     アクリル樹脂の特性として、接着力が弱いという特性があります。また、ベンゼン環を含まない樹脂は光の透過率がよく透 明感のある光沢を得ることができます。

    1. アクリル樹脂
       あまりにも種類が多く、この名称から具体的な材料を特定できません。
       テトラエチレングリコールジアクリラートCAS No 17831-71-9を例にとって反応例を説明します。

       図21-6(a)にテトラエチレングリコールジアクリラートの分子構造を示します。
       分子にエネルギーが加わると炭素の2重結合が切れてラジカル状態となります。
       ラジカル同士が結合してつながります。テトラエチレングリコールジアクリラートは両端にアクリレート基があるため、結合は 3次元方向となります。このため、硬い結合物となります。

       このラジカル反応は、水素ガスと酸素ガスの反応と同じです。反応を起こすためには、一旦エネルギーを与えてラジカル を発生する必要があります。ラジカル同士が反応するとエネルギーを放出します。
       このとき、ラジカルを発生するに必要なエネルギーよりもラジカル反応で発生するエネルギーの方が大きくなります。従って 一度反応が開始すると反応熱が発生し、反応の連鎖が生じます。
       水素ガスと酸素ガスの反応では、このスピードが速く水素爆発となります。水素爆発ほどのスピードはありませんが、条件 しだいでは、急激なスピードで反応の連鎖が生じます。

       ラジカル反応を起こすには、火種が必要です。この火種の役割をするのが、ラジカル重合開始剤です。ラジカル重合開 始剤には、紫外線照射でラジカルを発生するタイプと熱でラジカルを発生するタイプがあります。
       熱タイプのラジカル重合開始剤を用いれば、熱硬化型の樹脂となります。
       特に熱タイプのラジカル重合開始剤は微量でその効果を発揮します。



    2. ラジカル重合開始剤
       図21-7に熱タイプのラジカル重合開始剤である過酸化ジベンゾイル CAS 94-36-0の分子構造をしめします。
       この材料は発火しやすいので、取り扱いに注意が必要です。
       白色粒状で無臭の固体で、水には溶けないが有機溶剤には溶ける。強い酸化作用があり、80℃まで加熱すると発火、さらに100℃を超 えると白煙を発生して激しく分解する。加熱や、摩擦、衝撃、光に当たることなどによっても分解し爆発する恐れがある。また、乾燥したり、 強酸や有機物に接触することによっても爆発することがあるので保管には注意を要する。市販品は爆発防止のため25%の水で湿らせて 純度75%としている。



    3. メラミン樹脂
       接着性向上のため配合したとおもわれます。

    4. エポキシ樹脂
       接着性向上のため配合したとおもわれます。

    5. 溶剤   粘度調整のため、油性の溶剤を混合していると思われます。

    6. 添加剤
       熱タイプのラジカル重合開始剤を微量配合していると思われます。

    7. アクリル樹脂系焼付け塗料の特性推定結果まとめ
      ・揮発性の高いオイルが含まれており、換気と火気に十分な注意が必要です。
      ・脱水縮合反応硬化型の材料を含んでおり、密閉状態で保管する必要があります。
      ・反応硬化型の材料を含んでおり、常温で長期間保存すると劣化する可能性があります。光の当たらない 場所で、冷蔵または冷凍保管が望ましい。
      ・塗装後は溶剤が揮発して粘度が上昇し、塗装膜が安定します。
      ・塗装膜の重合を促進するには、加熱が必要です。
      ・塗装膜の接着性は良くないので、下塗りが必要です。
      ・塗装膜は透明感がありつやのある面が期待できます。


  5. 塗装の話纏め
    ・塗装はデザイン性を考慮し、外観カバーやパネル等に実施します。
    ・また、寸法精度が要求されない架台等にも塗装を実施します。
    ・精度が要求される機構部の部品には、塗装しません。
    ・塗装膜の耐摩耗性は良くありません。(頻繁にこすられる作業面には塗装しないのがベターです。)
    ・通常、塗装の指示は、焼付け塗装と色の指定のみです。膜厚は正確には制御できません。塗装方法、塗装材料もおまかせです。
    ・塗装材料等はノウハウのベールに包まれており、詳細は不明です。
    ・ここでは塗装材料の詳細について、推定してみました。
    ・もし、塗装品質の詳細にこだわる必要が生じた場合は、ノウハウのベールに入り込む必要が生じます。







22章:接着剤の話(1)に行く。

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