44章:自動車エンジン用燃料の物性

    作成2012.06.29
     自動車エンジン用燃料とはガソリンのことですが、ガソリンの物性とは何か?を検討してみたいと思います。


  1. 原油
     油井から採取されたままの石油を原油といいます。原油は太古の植物が蓄積し、長年の間に変質した物質と思われます。従って原油 の組成は植物の組成と類似しているはずです。原油の組成は産地により差がありますが原油の組成(質量%)は以下のようです。
    炭素:83〜87%、水素:11〜14%、硫黄:5%以下、窒素:0.4%以下、酸素:0.5%以下、金属:0.5%以下
    これ以外にも、リン、カリウム、マグネシウム等も含まれている可能性があります。


  2. ガソリンとは?
    1. 原油の蒸留
       ガソリンは原油を蒸留して製造します。ガソリンに含まれる炭化水素系成分数は100種を超え、灯油より沸点が高い化合物では同じ炭素数 の異性体が飛躍的に増加するので、個々の化合物の確認が著しく困難になります。そのため、石油の炭化水素成分は、分子構造のタイプ によって一般にパラフィン系、オレフィン系、ナフテン 系および芳香族系に類別されます。

    2. ガソリンの調合
       ガソリン調合は一般に、接触改質ガソリンと接触分解ガソリンに、直留ガソリン、アルキレートガソリン、ETBE、ブタンを適量配 合してオクタン価、蒸気圧等を調整し、染料を加えた後、さらに必要に応じて酸化防止剤、金属不活性化剤、腐食防止剤、清浄剤などを 添加して製品とする。
      ・アルキレートガソリンとはアルキル反応によって得られる生成物でイソパラフィンに富み、高オクタン価ですが炭素原子の数が20以 上のアルカンであるため蒸発しにくい物質です。
      ・ETBEはエチルターシャリーブチルエーテルの略称でバイオエタノールと呼ばれます。

    3. ガソリンの主物質
       上記の説明ですと、組成が複雑すぎて物性を調べることができません。推定ですが
      オクタン(C8H18):主物質
      ヘプタン(C7H16)、ノナン(C9H20)、デカン(C10H22):混合物質
      が主な成分と考えられます。
       ヘプタン(C7H16)は揮発性が良いのですが自然発火温度が低くノッキングが起こりやすくなります。
       オクタン(C8H18)は揮発性と自然発火温度のバランスが良く、自動車エンジンに適した燃料です。
       ノナン(C9H20)、デカン(C10H22)は分子量が大きくなるため、揮発性が悪化します。


  3. オクタン価とは?
      (1)日本の有名ブランドのレギュラーはオクタン価90〜91のものがほとんどです。
    (2)JIS規格ではオクタン価89以上が「レギュラー」とされます。
    (3)測定方法
     オクタン価には大別してリサーチ法とモーター法の二種類がある。両者ともCFRエンジン(可変圧縮エンジン)を用い、標準燃料と ノッキングの強度を比較し相当する値でオクタン価を決定している。
     標準燃料とはもっともノッキング゙を起こしにくいイソオクタンと、逆に最も起こしやすいノーマルヘプタンを任意の割合に混合し て製作した燃料で、イソオクタン80%、ノーマルヘプタン20%を混合した標準燃料と同じノック強度を示す試験燃料のオクタン価が80%となる。

    リサーチ法(RON):回転数 600rpm 吸気温度 40℃
    モーター法(MON):回転数 900rpm 吸気温度100℃

     日本ではRONは自動車用ガソリン、MONは航空機(軽飛行機等のレシプロエンジン)ガソリンのオクタン価表示に用られる。


  4. イソオクタンとノーマルヘプタンの物性
       表44-1にイソオクタンとノーマルヘプタンの物性を示します。

    表44-1 イソオクタンとノーマルヘプタンの物性
    通称 イソオクタン ノーマルヘプタン
    IUPAC名 2,2,4-トリメチルペンタン ヘプタン
    分子式 C8H18 C7H16
    分子量 114.2 100.21
    CAS登録番号 [540-84-1] [142-82-5]
    形状 無色液体 無色液体
    密度 0.692 g/cm3, 20℃ 0.68
    相対蒸気密度 3.94(空気 = 1) 3.46(空気 = 1)
    融点 ?107.2 °C -91℃
    沸点 99.2 °C 98.4℃
    引火点 -12.2℃ -4℃
    爆発範囲 1.0〜6.0vol%(空気中) 1.1〜7.0vol%(空気中)
    蒸気圧 5.4kPa/21℃ 4.6kPa/20℃
    発火温度 415℃〜530℃ 215℃〜285℃
    粘度 0.503mPa・s/20℃ 0.42mPa・s/20℃
    蒸発熱 272J/g(沸点) 317J/g(沸点)
    比熱 2.047J/g・℃(15.6℃) 1.672J/g・℃

     表44-1において重要な項目はオクタン価の基準となる発火温度です。イソオクタンの発火温度は各資料でばらばらで約415℃〜530℃ の間にあります。
     ノーマルヘプタンの発火温度も同様に215℃〜285℃の間でばらついています。オクタン価を測定する基準物質の発火温度がばらば らなのはなぜでしょう?

     ノーマルヘプタンはC7のアルカンであり、C-C結合とC-H結合のみで構成された分子です。 C-C結合もC-H結合も強固な結合であり、 300℃程度の温度で発火しない分子構造をしています。
     原油から精製されたノーマルヘプタンは、多くの硫黄化合物やリン化合物を含み発火しやすくなっている可能性が考えられます。


  5. 各種物質の発火温度
     各種物質の発火温度を表44-2に示します。

    表44-2 各種物質の発火温度
    物質名 発火点(℃) 物質名 発火点(℃)
    水素 500 メラミン 380
    メタン 537 ゴム 350
    エタン 520〜630 コルク 470
    プロパン 432 木材 250〜260
    エチレン 450 ディーゼル燃料油 225
    アセチレン 305 模造紙 450
    一酸化炭素 609 さらし木綿 495
    硫化水素 260 木炭 250〜300
    二硫化水素 346〜379 二硫化炭素 90
    ベンゼン 498 泥炭 225〜280
    コンプレッサー油 250〜280 アニリン 615
    黄リン 30 アセトン 469
    赤リン 260 無煙炭 440〜500
    イオウ 232 コークス 440〜600
    鉄粉 315〜320 ココア 180
    マグネシュウム粉末 520〜600 コーヒー 398
    アルミニュウム粉末 550〜640 でん粉 381
    エポキシ 530〜540 440
    テフロン 492 砂糖 350
    ナイロン 500 石鹸 430
    ポリスチレン 282 ナフタレン  526
    ポリプロピレン 201 古タイヤ  150〜200 
    ポリオウロピレン 420 新聞紙 291

     表44-2において、発火しやすい物質は黄りん30℃、二硫化炭素90℃、硫黄232℃、赤リン260度です。
     また、メタン(C1のアルカン)は537℃、エタン(C2のアルカン)は520℃〜630℃と高温となります。これから推定するに純粋な炭 化水素の発火温度は約550℃程度と思われます。


  6. 市販レギュラーガソリンの発火温度の推定
     市販レギュラーガソリンのオクタン価は約90です。オクタン価90のレギュラーガソリンの発火温度が何度か?
     この疑問に関して、明快な回答はなさそうです。おおざっぱな見積もりが必要となります。表44-1から
    イソオクタンの発火温度415℃、ノーマルヘプタンの発火温度215℃と仮定するならば
     レギュラーガソリン発火温度=215+0.9×(415-215)=395℃
    となります。


  7. 自動車エンジンの圧縮比εと効率ηと圧縮後の温度の関係
     熱力学:15章:オットーサイクル(otto cycle)3.自動車エンジンの圧縮比εと効率ηと圧縮後の温度の関係から

    表44-3 自動車エンジンの圧縮比εと効率ηと圧縮後の温度の関係


    表44-3において、圧縮後の温度が395℃以下が実用領域です。この領域は薄いブルーで示しています。
    表44-3から、
    供給空気温度が30℃の場合、圧縮比10、効率0.532
    供給空気温度が20℃の場合、圧縮比12、効率0.560
    供給空気温度が10℃の場合、圧縮比13、効率0.571
    供給空気温度が0℃の場合、圧縮比15、効率0.591
    供給空気温度が-10℃の場合、圧縮比16、効率0.599
    供給空気温度が-20℃の場合、圧縮比18、効率0.622
    供給空気温度が-30℃の場合、圧縮比21、効率0.634
    が実用限界ということになります。









45章:ガソリンの燃焼エネルギーに行く。

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