11章:実効質量と周波数特性

 9章で論じた緩和時間τと移動度μを計算するためには、我々は自由電子の実効質量[me*]や正孔の実効質量[mh*]を知らなければならない。実効質量とは実に曖昧な表現である。決して不変の物理量とは思えない。対象となる条件で変化する可能性が高い。
 従って、我々は実験的に実効質量を決定しなければならない。
  1.  自由電子の運動モデルの周波数特性
     9章:緩和時間τと移動度μで一定電界Eにおける自由電子の運動モデルは(9-1)式で与えられ、その解は(9-6)式で与えられることを既に学んだ。電子の速度は電流値に比例するため我々は電流値の立ち上がり特性、または立ち下がり特性を測定することにより、実効質量を決定できる。しかし、高速の立ち上がり特性、または立ち下がり特性を精密に測定するのは困難が予想される。
     従ってここでは、自由電子の運動モデルの周波数特性を検討する。

     (9-1)式では、電界Eを一定としたが、ここでは、電界Eを下記の周期関数で定義する。

     (11-1)式において、Eがtの任意の関数形である場合は、特定の関数を除き、(11-2)式は代数的に解を求めるのは困難となる。この場合、我々は「「特設講座」有能エンジニアのための実用数値計算」「3章:常微分方程式」で学んだ「ルンゲ・クッタ法」を使用する必要がある。上記数値計算方法はいかなる関数形においても対応可能である。
     しかし、代数解と比較すれば、計算に時間がかかる問題は避けようが無い。ここでは(11-1)式は数少ない代数解の可能な関数形に設定している。
     (11-2)式は、下記(11-3)式を必ず満足する。(Aは定数とする。)

     (11-5)式において、Rと比較してmωが十分大きい実験領域を使用するならば、自由電子の振動振幅、すなわち交流電流の振幅は質量mに反比例することになる。
     我々はこの交流電流の振幅を測定することにより、自由電子や正孔の実効質量を求めることができる。

  2.  複素数のマジック
     上記の式の展開で我々は電界Eをtの複素関数とし、(11-1)式に示す様にした。遥か昔のことになるが、私は複素関数論の講義が大変退屈で眠くなった記憶がある。(11-1)式の実数部と虚数部はそれぞれ何を意味するのであろう?
     ちなみに、微分方程式(11-2)式の実数部と虚数部をそれぞれ展開し比較してみると、全く同一の式となるのである。単に同一の微分方程式を連立させただけである。従って、答えである(10-4)式の実数部と虚数部も同一の式となる。ゆえに、電界Eや速度vは実数部だけ考えればよい。

     それなら、なぜ?微分方程式を実数部のみで表現しなかったのか?実数部のみでも同様の答えは得られる。ただし式の展開が煩雑となり、記述が長くなります。複素数で表現すると同じ内容を単純化して表現できます。これが複素数のマジックと思われます。

    (1)初等関数論、初等微積分学の教科書の欠陥
     少なくとも私が学んだ頃の三角関数の初等微積分学はその基本的教育概念において、下記の問題があったと思います。
    問題点(a):y=Sin(x)の微分はdy/dx=Cos(x)となる。
     上記の微分の関係式は一般性を持たせるには下記のようにすべきです。
    改善案: y=Sin(x)の微分はdy/dx=Sin(x+π/2)となる。
     すなわち周期関数y=Sin(x)の微分は関数形は変わらずに位相がπ/2進むだけなのです。微分して関数形が変わらないということは積分しても関数形が変わらないことになります。

     これ以外に微分して、関数形が変わらない関数としては
      指数関数 y=Exp(x)
     があります。微分して、関数形は変わらないという性質は代数的には極めて扱いやすく、ほとんどの関数は三角関数と指数関数の組合せになっています。

    (2)複素数の性質
     複素数の基本形は下記式で定義されます。
      z=x+iy --(11-7)
     これを指数関数y=Exp(x)を用いて表現すると
      z=Exp(r+iα) ---(11-8)
     指数関数の性質から(11-9)は
      z=Exp(r)Exp(iα) ---(11-10)
      z=Exp(r)(Cos(α)+iCos(α-π/2)) ---(11-11)
     今、r=0,Exp(r)=1とし、複素数z1とz2の掛算を考えると
     [z1][z2]=Exp(iα)Exp(iβ)=Exp(i(α+β)) ---(11-12)
     の関係が成立する。すなわち、掛算が足算の形で計算できます。
     また、(10-12)式に(10-11)式を代入して整理すると、三角関数の和の関係式
      Cos(α+β)=Cos(α)Cos(β)-Cos(α-π/2)Cos(β-π/2) ---(11-13)
      Cos(α+β)=Cos(α)Cos(β-π/2)+Cos(α-π/2)Cos(β) ---(11-14)
     等を簡単に導きだすことができます。
     また、
      z=Exp(iα) ---(11-15)
     を微分すると
      dz/dα=iExp(iα) ---(11-16)
     となります。三角関数ですと位相をπ/2進めなければなりませんが、複素数で表現するとiを掛けるだけでよいことになります。
     iは位相をπ/2進める働きをします。従ってiCos(α-π/2)とCos(α)は同じです。しかし、iCos(α-π/2)=Cos(α)で置きかえると複素数ではなくなってしまいます。これでは複素数のマジックが使えなくなります。

    (3)微分方程式
     今、下記の微分方程式を考えます。
      dz/dα+Az+Exp(iα) ---(11-17) (Aは定数)
     (11-17)式は
      z=BExp(iα) ---(11-18) (Bは定数)
     を満足します。(11-18)式を微分すると
      dz/dα=iBExp(iα) ---(11-19) (Bは定数)
     (11-17)式に(11-18)、(11-19)式を代入して、定数Bを決定する訳ですが、(11-18)式と(11-19)式では位相がπ/2ずれています。位相がπ/2ずれている量は単純に加算できません。従って、実数部と虚数部をそれぞれ独立に計算するのです。

     以上の仕組みがわかっていれば、複素数を使わずに三角関数を使用して、解を求めることができます。しかし、若干煩雑となります。複素数では指数の性質と虚数部iの性質をうまく使って、単純に表現できます。(複素数のマジック)
     
  3. 12章:導電率に行く。
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