2章:原子間結合の性質
- 電子のとりうる状態とエネルギー準位
原子間結合を論じる前に電子のとりうる状態とエネルギー準位を理解する必要があります。
これは元素の周期律表として纏められていますが、ここでは代表的な元素のみについて説明します。
1番目の軌道のポテンシャルエネルギーを-E1、n番目を-Enとすると
-En=-E1/(n^2) ----(2.1)
の関係があります。
しかし、電子のエネルギー[Et]は、電界による位置ポテンシャルエネルギー[-En]、電子のスピン運動エネルギー[Es]、電子の軌道角運動エネルギー[El]の総和となっています。
-Et=[-En]+[Es]+[El] ----(2.2)
軌道のポテンシャルエネルギーの順位をnとし軌道面とよびます。また、電子の軌道角運動エネルギーの順位をlとします。
電子のスピン運動量[Ps]は下記式の値をとります。
[Ps]=±h/(4*π)
また、軌道角運動については、その運動軸成分があり、これをmとしています。
従って、同じ軌道面の電子であっても、それぞれ違う特性を持っており、電子の入る順番等がきまってきます。
かなり複雑です。この各々の特性を前章の電子受容体に対応させると考え易くなります。
- 主な元素エネルギー準位と電子数
表2-1に主な元素のエネルギー準位と電子数の関係を示します。
表2-1は、電子のスピンの方向と運動軸成分mは省略してありますが、以下の関係を満足するように電子が収まります。
(1)電子のスピンの方向は正負の符号のスピンを持つ電子が対になる。
バランスが狂うと磁極(磁性)が発生する。
(2)電子は全エネルギーの低い順に収まる。
全エネルギー差の順による。
(3)運動量ベクトルの総和が零になるように運動軸成分mは決定される。
バランスが狂うと原子の移動が発生する。
このエネルギー準位と電子数の関係から各元素の特性が決まります。
表2-1 主な元素のエネルギー準位と電子数
軌道 | 軌道n1 | 軌道n2 | 軌道n3 | 軌道n4 |
ポテンシャル順位 | 1 | 2 | 2 | 3 | 3 | 3 | 4 | 4 |
運動量順位 | l=0 | l=0 | l=1 | l=0 | l=1 | l=2 | l=0 | l=1 |
全エネルギー順位 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 7 | 6 | 8 |
受容電子数 | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 10 | 2 | 6 |
軌道固有名称 | 1s | 2s | 2p | 3s | 3p | 3d | 4s | 4p |
原子番号、名称 | 電子数 | 電子数 | 電子数 | 電子数 | 電子数 | 電子数 | 電子数 | 電子数 |
1,H,水素 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
2,He,ヘリウム | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
5,B,ホウ素 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
6,C,炭素 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
7,N,窒素 | 2 | 2 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
8,O,酸素 | 2 | 2 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
11,Na,ナトリュウム | 2 | 2 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
13,Al,アルミニュウム | 2 | 2 | 6 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 |
14,Si,シリコン | 2 | 2 | 6 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 |
15,P,リン | 2 | 2 | 6 | 2 | 3 | 0 | 0 | 0 |
17,Cl,塩素 | 2 | 2 | 6 | 2 | 5 | 0 | 0 | 0 |
24,Cr,クロム | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 4 | 2 | 0 |
26,Fe,鉄 | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 6 | 2 | 0 |
29,Cu,銅 | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 9 | 2 | 0 |
31,Ga,ガリウム | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 10 | 2 | 1 |
32,Ge,ゲルマニュウム | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 10 | 2 | 2 |
33,As,砒素 | 2 | 2 | 6 | 2 | 6 | 10 | 2 | 3 |
- イオン結合
イオン結合の代表例として、原子No11(Na,ナトリュウム)と原子No17(Cl,塩素)の化合物である塩化ナトリュウムについて説明します。
イオン結合の仕組みを図2-3に示します。
ナトリウム(Na)の元素は11個の電子を持っています。このうち1個だけが軌道3sにはみ出しています。
この様な構造は大変不安定であり、この1個の電子を放出して安定になろうとします。
反対に塩素(Cl)の元素は17個の電子を持っています。軌道3pには、電子が1個不足しています。
この様な構造も大変不安定であり、この1個の電子を補充して安定になろうとします。
ナトリウム(Na)が電子を放出すると+の電荷を帯び+イオンとなります。反対に塩素(Cl)が電子を補充すると−の電荷を帯び−イオンとなります。
+イオンと−イオンは電荷の力で引き合って結合されます。
イオン結合は不安定な結合であり、水に溶解すると+イオンと−イオンに分離されます。このような結合は酸、アリカリの化学薬品に多く見られます。
- 共有結合
共有結合の代表例として、原子No6(C,炭素)結晶でダイヤモンドについて説明します。
炭素の共有結合の仕組みを図2-4に示します。
原子No6(C,炭素)6個の電子を持っています。軌道2pには、電子が4個不足しています。
また、軌道2sに2個、軌道2pに2個の電子を持っています。この4個の電子を8個の電子受容体で共有しあいます。
同じ電子を2個の原子で引っ張りあうことにより、安定で強い結合力が発生します。
共有結合は原子間結合の基本形であり、その理想形が原子No6(C,炭素)結晶のダイヤモンドです。
なぜなら、この結合力が軌道Noの小さいほうが強くなります。軌道2s、2pであまりがなく電子を共有できるのが炭素です。ダイヤモンドの硬度は1番大きくなっています。
なお、図2-4は結合を平面的に描いてありますが、実際には立体構造となります。
立体的なダイヤモンド構造を図2-5に示します。
- 金属結合
金属結合の代表例として、原子No26(Fe,鉄)について説明します。
原子No26(Fe,鉄)の金属結合の仕組みを図2-6に示します。
金属の共通的な特徴としては、軌道4sに2個電子を持っており、軌道3dには10個の電子受容体がありますがすべてが電子で充満されていないという点です。
なぜ?電子がこのような収まりかたをするかは既に説明済みですが軌道3dが軌道角運動量が大きく、電子の総エネルギーが軌道4sより大きいためです。
鉄を例にとると軌道3dには6個の電子があり、空きの電子受容体が4個あります。軌道3dの電子を軌道3dの電子受容体で共有しあうことにより、結合力が発生します。
また、軌道3dの電子は大きな軌道角運動量を持っています。これは何を意味するのでしょうか?
電荷を持った電子が回転運動すると磁極が発生します。この磁極の方向で反発、または吸引力が発生します。
これらの磁極は全体としては総和がゼロになるように配置されるのが安定です。この配置条件によって原子間の引力が発生すると思われます。
このような強い原子間引力で原子間隔がちじまると軌道4sにあった2個の電子ははじき出され、自由電子となり、結晶内を自由に移動可能となります。
極めて限られた金属においては磁性特性を示します。鉄はこのひとつであり、磁化します。
この理由としては、軌道3dの軌道角運動量の方向のバランスが共有結合力により崩され、磁極の総和がゼロにならなくなるためと思われます。
- 絶縁物の結合
絶縁物の結合の代表例として、原子No14(Si,シリコン)と原子No8(O,酸素)の化合物である水晶について説明します。
原子No14(Si,シリコン)と原子No8(O,酸素)の絶縁物の結合の仕組みを図2-7に示します。
原子No14(Si,シリコン)は軌道2sに2個の電子、軌道2pに2個の電子を持っており、軌道2pには4個の電子受容体があいています。
原子No8(O,酸素)は軌道2sに2個の電子を持っており、軌道2pには6個の電子受容体があいています。
1個のシリコンに対して2個の酸素を組み合わせると軌道2sと軌道2pの8個の電子受容体のあきがなくなるように共有結合ができます。
結合の軌道が軌道2sと軌道2pとなり、軌道Noの小さいため安定な結合となり、自由電子ができにくく絶縁物となります。
図2-7に示めすように原子No8(O,酸素)の8個の電子受容体のうち4個は原子No14(Si,シリコン)との共有結合に使われていますが、4個は共有結合に使われていません。
原子No14(Si,シリコン)は軌道3s、3pの8個の電子受容体は全てからですが、これと酸素の共有結合に使われなかった電子を共有することが可能となります。
この結合力は軌道2sと軌道2pよりは弱くなりますが軌道2s、2pと軌道23s、3pの結合であり十分な結合力になると思われます。
この結晶は水晶と呼ばれます。
- 真性半導体の導伝の仕組み
代表的な半導体である原子No14(Si,シリコン)の結晶は図2-4に示すダイヤモンドと全く同じ構造をしています。原子No32(Ge,ゲルマニュウム)も同じ構造となります。
なぜ?ダイヤモンドが半導体として利用されず、シリコンやゲルマニュウムが半導体になるのでしょうか?
それは、ダイヤモンドの荷電子の軌道が2s,2pに対して、シリコンの荷電子の軌道が3s,3p、ゲルマニュウムの荷電子の軌道が4s,4pといった違いがあり、軌道Noが大きくなるほど軌道のエネルギーが大きく、小さなエネルギーで電離し電気を通しやすくなるためです。
それでは、なぜ?ほとんどの半導体がゲルマニュウムでなく、シリコンなのでしょうか?
電子回路を構成するためには、伝導体、絶縁体、抵抗、コンデンサー、トランジスター等特性の異なる材料を同一基板上に組み上げなければなりません。ゲルマニュウムでは絶縁膜を作るのが難しい問題があります。シリコンは導伝の抵抗値が大きい問題を除き、その他を全て満足します。ただし、配線だけは導伝性の良い金属を使用する必要があります。
以上の理由で、半導体はシリコンを使用します。厳密なことをいうと軌道3sと3pではエンルギーが違います。3sは軌道角運動l=0に対し、3pはl=1と3pの方がエネルギーが大きく電離しやすくなっています。
この軌道3pのエネルギーを半導体のエネルギー帯モデルでは、荷電子帯エンルギー(Ev)と定義し、電離して自由電子となるエネルギを(Ec)、また禁制帯幅エネルギー(Eg)=(Ec)−(Ev)として定義しています。
この荷電子帯エンルギー(Ev)、自由電子となるエネルギ(Ec)、禁制帯幅エネルギー(Eg)は後で説明する難解な理論で出てきますので、定義の意味を覚えておいてください。
ちなみに軌道Noは位置ポテンシャルエネルギーを表し、軌道No1(1s)のエネルギーを(-1)とすると軌道No2(2s)は(-0.25)、軌道No3(3s)は(-0.11)、軌道No4(4s)は(-0.06)の相対関係があります。軌道3phは3sと4sの中間のエネルギーを持っています。
図2-8に真性半導体の伝導の仕組みを示します。
純粋なシリコンの結晶(真性半導体)は絶対零度では導伝のキャリアはなく、絶縁体となります。
しかし、常温(約300°K)では熱エネルギーの分子運動があり、この熱エネルギーが禁制帯幅エネルギー(Eg)以上で加わると電離し、自由電子となります。また、電子が抜けたあとは正孔となります。
この自由電子と正孔は結晶内を自由に移動可能となり、導伝性を示します。
この電離に必要な禁制帯幅エネルギーはシリコンの場合、1.928E-19(J)または(1.205eV)です。
図2-8 真性半導体の伝導の仕組み
- 不純物半導体の導伝の仕組み
図2-9にドナー型半導体の伝導の仕組み、図2-10にアクセプタ型半導体の伝導の仕組みを示します。
図2-9 ドナー型半導体の伝導の仕組み 図2-10 アクセプタ型半導体の伝導の仕組み
・ドナー型半導体の伝導の仕組み
荷電子を5個持っている不純物(原子No15,P,リン)を加えるとシリコンとリンの共有結合で電子が1個あまります。このあまった電子は結合からはじき出され、自由電子となります。
従って、不純物を加えることにより、半導体は絶縁体から伝導体に変化します。伝導度は加える不純物の量により、変化します。
ドナー型半導体においては、伝導のキャリアは自由電子となります。
・アクセプタ型半導体の伝導の仕組み
荷電子を3個持っている不純物(原子No5,B,ホウ素)を加えるとシリコンとリンの共有結合で電子が1個不足します。この不足電子は結合の不足を生じ、正孔となります。
従って、不純物を加えることにより、半導体は絶縁体から伝導体に変化します。伝導度は加える不純物の量により、変化します。
アクセプタ型半導体においては、伝導のキャリアは正孔となります。
- 3章:半導体特性の計算に行く。
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