3章:半導体特性の計算

 半導体の物理は完全に完成された理論物理学ではありません。従って全ての結果を純理論的に導くことはできないのです。実験式と理論式が混在します。
 いきなり、難解な理論を展開するよりも、演習で実際に計算を行うことにより、各パラメータと半導体特性の関係を把握することが重要です。
 この章で、半導体特性の計算を十分行った後、後の章で計算式の理論的裏付けを説明したいと思います。
  1.  物理定数等の基本単位
     物理基本単位は長さ(m)、質量(kg)、時間(s)の3個です。これ以外の物理量単位はこの3個の単位の組み合わせで置きかえることができます。これをMKS単位系と呼びます。
     全ての単位がMKS系の単位であれば、そのまま計算式に代入して計算を実行できます。
     しかし、残念ながらMKS単位系以外の物理量単位があります。その代表としては、物理基本単位を長さ(cm)、質量(g)、時間(s)の3個とした単位系でこれをCGS単位系と呼びます。
     MKS単位系とCGS単位系を組み合わせた計算は絶対に禁物であり、必ずMKS単位系に変換してから計算しましょう!!
     これ以外にもエレクトロンボルト(eV)や圧力(kg/cm2)といった特殊な単位もありますので注意が必要です。
     ここでは、全ての単位にMKS単位系を用います。


  2.  物理定数
     表1に基礎物理定数を示します。
     表1 基礎物理定数
    名称記号単位備考
    円周率π無次元 
    プランク定数hJs 
    ボルツマン定数kJ/deg 
    アボガドロ数[No]分子数/kgmol 
    電子電荷qC 
    電子静止質量mkg 
    陽子静止質量[mp]kg 
    真空誘電率[εo]F/m 
    真空透磁率[μo]H/m4πE-7


  3.  シリコン(Si)の基本特性
     表2にシリコン(Si)の基本特性を示します。
     表2 シリコン(Si)の基本特性
    名称記号単位備考
    原子番号   
    原子量[Am]kg*kgmol/分子数 
    密度(25℃)ρkg/m^3 
    誘電率εF/m 
    禁制帯幅(0°K)[Ego]JJ/q=1.2075eV
    実効自由電子質量比[me*/m]無次元補正係数
    実効正孔質量比[mh*/m]無次元補正係数
    キャリア濃度空間定数β(Js)^(-3)実験式の定数
    自由電子移動度定数A[Ae]m^2/Vs実験式の定数
    自由電子移動度定数B[Be]無次元実験式の定数
    正孔移動度定数A[Ah]m^2/Vs実験式の定数
    正孔移動度定数B[Bh]無次元実験式の定数


  4.  半導体の特性制御因子
     表3に半導体の特性制御因子を示します。
     半導体はドナ濃度とアクセプタ濃度を制御して、さまざまな特性をえることが可能となります。この制御因子の値をいろいろかえて特性がどう変わるかを確認してみてください。

     表3 半導体の特性制御因子
    名称記号単位備考
    ドナ濃度Nd個/m3 
    アクセプタ濃度Na個/m3 
    電界EV/m 
    交流周波数[Hz]Hz 


  5.  半導体の特性変動因子
     表4に半導体の特性変動因子を示します。
     半導体の特性は使用環境(温度)によって変化します。温度の影響を確認しましょう。

     表4 半導体の特性変動因子
    名称記号単位備考
    温度T°K 


  6.  計算の実行
     制御因子と変動因子の入力が完了したら、下の「計算実行」ボタンを押しましょう。


  7.  半導体の特性計算結果
     表5に半半導体の特性計算結果を示します。
     上の計算実行後に表示されます。
     特性計算結果の値をよく確認しましょう。

     表5 半導体の特性計算結果
    名称記号単位計算式
    原子密度[Nat]個/m3[No]*ρ/[Am]
    真性材料のキャリア濃度ni個/m3*1参照
    過剰ドナー濃度N個/m3Nd-Na
    導伝電子の濃度no個/m3(N+SQRT(N*N+4*ni*ni))/2
    正孔の濃度po個/m3(-N+SQRT(N*N+4*ni*ni))/2
    自由電子移動度[μe]m^2/Vs[Ae]*POW(T,[Be])
    正孔移動度[μh]m^2/Vs[Ah]*POW(T,[Bh])
    導伝率σ1/(Ωm)q*([μe]*no+[μh]*po)
    比抵抗[1/σ]Ωm1/σ
    比抵抗μm[1/σ]μΩm 
    自由電子平均自由時間τes[μe]*m*[me*/m]/q
    正孔平均自由時間τhs[μh]*m*[mh*/m]/q
    自由電子速度Vem/sE*[μe]
    正孔速度Vhm/sE*[μh]
    自由電子平均自由距離LemVe*τe
    正孔平均自由距離LhmVh*τh
    直流電流密度JA/m^2σ*E
    自由電子角運動量[me*]ωkg/s[me*]ω
    自由電子抵抗[Re]kg/sq/[μe]
    正孔角運動量[mh*]ωkg/s[mh*]ω
    正孔電子抵抗[Rh]kg/sq/[μh]
    交流電流振幅(i成分)AiA/m^2*5
    交流電流振幅(r成分)ArA/m^2*6
    交流 i成分/r成分Ai/Ar無次元Ai/Ar
    *1:ni=β*POW(k*m*T,3/2)*EXP(-[Ego]/(2*k*T))
    *2:POW(X,k)はXのk乗を意味する。
    *3:EXP(X)はeのX乗を意味する。
    *4:SQRT(X)はXの平方根を意味する。
    *5:[no]*q*E*[me*]ω/([Re]^2+([me*]ω)^2)+[po]*q*E*[mh*]ω/([Rh]^2+([mh*]ω)^2)
    *6:[no]*q*E*[Re]/([Re]^2+([me*]ω)^2)+[po]*q*E*[Rh]/([Rh]^2+([mh*]ω)^2)

  8.  演習問題
    演習問題(1)
    問題:デフォルト条件での比抵抗(Ωm)、自由電子平均自由時間、自由電子平均自由距離、正孔平均自由時間、正孔平均自由距離を求めよ。
    回答:デフォルト条件で「計算実行」ボタンを押す。
    名称単位
    比抵抗Ωm0.463942166835591
    自由電子平均自由時間s8.43737277767598E-13
    自由電子平均自由距離m1.1366412037037E-07
    正孔平均自由時間s1.58398423275106E-13
    平均自由距離m7.46880812548393E-09
    解説:約0.46Ωmの比抵抗であり、抵抗として機能する。平均自由距離は電子で113nm、正孔で7nmと短い。

    演習問題(2)
    問題:温度条件を350°Kにして、演習問題(1)と比較せよ。
    回答:デフォルト条件から、表4 半導体の特性変動因子の温度を350°Kにして、「計算実行」ボタンを押す。
    名称単位演習問題1値演習問題2値
    比抵抗Ωm0.6820479136528960.463942166835591
    自由電子平均自由時間s5.73905336829516E-138.43737277767598E-13
    自由電子平均自由距離m5.25883381924198E-081.1366412037037E-07
    正孔平均自由時間s1.04470704221738E-131.58398423275106E-13
    平均自由距離m3.24891716402864E-097.46880812548393E-09
    解説:比抵抗は0.46→0.68Ωmと大きくなる。平均自由距離は電子で113→53nm、正孔で7→3nmと短くなる。これは温度上昇によるキャリアの増加より、原子の運動によるキャリアの散乱効果が大きく、総合的には抵抗の増加となる。

    演習問題(3)
    問題:演習問題(1)の条件とドナ濃度=0、アクセプタ濃度=1E+20個/m3と比較せよ。
    回答:デフォルト条件から、表3 半導体の特性制御因子のドナ濃度=0、アクセプタ濃度=1E+20個/m3にして、「計算実行」ボタンを押す。
    名称単位演習問題1値演習問題3値
    比抵抗Ωm1.325499390168650.463942166835591
    自由電子平均自由時間s8.43737277767598E-138.43737277767598E-13
    自由電子平均自由距離m1.1366412037037E-071.1366412037037E-07
    正孔平均自由時間s1.58398423275106E-131.58398423275106E-13
    平均自由距離m7.46880812548393E-097.46880812548393E-09
    解説:比抵抗は0.46→1.14Ωmと大きくなる。平均自由距離は電子で113→113nm、正孔で7→7nmと変化なし。これは移動度の小さい正孔の比率が増大し、結果として抵抗が増大する。

    演習問題(4)
    問題:演習問題(1)の条件と制御因子の電界を10倍にした場合を比較せよ。
    回答:デフォルト条件から、表3 半導体の特性制御因子の電界を1E+07 V/mにして、「計算実行」ボタンを押す。
    名称単位演習問題1値演習問題4値
    比抵抗Ωm0.4639421668355910.463942166835591
    自由電子平均自由時間s8.43737277767598E-138.43737277767598E-13
    自由電子平均自由距離m1.1366412037037E-061.1366412037037E-07
    正孔平均自由時間s1.58398423275106E-131.58398423275106E-13
    平均自由距離m7.46880812548394E-087.46880812548393E-09
    解説:比抵抗は0.46→0.46Ωmと変化なし。平均自由距離は電子で113→1130nm、正孔で7→70nmと10倍となる。これは電流が10倍に増大することを意味する。


    演習問題(5)
    問題:演習問題(1)の条件と制御因子のドナ濃度を10倍にした場合を比較せよ。
    回答:デフォルト条件から、表3 半導体の特性制御因子のドナ濃度を1E+21 個/m3にして、「計算実行」ボタンを押す。
    名称単位演習問題1値演習問題5値
    比抵抗Ωm4.63942180461174E-020.463942166835591
    自由電子平均自由時間s8.43737277767598E-138.43737277767598E-13
    自由電子平均自由距離m1.1366412037037E-071.1366412037037E-07
    正孔平均自由時間s1.58398423275106E-131.58398423275106E-13
    平均自由距離m7.46880812548393E-097.46880812548393E-09
    解説:比抵抗は0.46→0.046Ωmと1/10になる。平均自由距離は電子で113→113nm、正孔で7→7nmと変化無し。これはドナ濃度が10倍になると比抵抗が1/10になることを意味する。
      ただし、演習問題(5)の計算条件においては若干の問題があります。計算に使用した実験式は高純度シリコンを用いており、不純物濃度が大きくなるに従い計算誤差がおおきくなります。これは不純物濃度の増大に伴い原子の配列に乱れが発生し、キャリアの散乱が大きくなるためです。
      従って、比抵抗は計算値よりも大き目になる。正確には、実験式定数の見直しが必要である。


    演習問題(6)
    問題:演習問題(1)の条件と自由電子の実効質量を2倍して変化する項目をリストアップせよ。
    回答:デフォルト条件から、表2 シリコン(Si)の基本特性の実効自由電子質量比を2.2にして、「計算実行」ボタンを押す。
    名称単位演習問題1値演習問題6値
    比抵抗Ωm4.63942180461174E-020.463942166835591
    自由電子平均自由時間s8.43737277767598E-131.6874745555352E-12
    自由電子平均自由距離m1.1366412037037E-072.27328240740741E-07
    正孔平均自由時間s1.58398423275106E-131.58398423275106E-13
    平均自由距離m7.46880812548393E-097.46880812548393E-09
    交流電流振幅(i成分)AiA/m^27.1217122168032E+231.41246686116667E+24
    交流電流振幅(r成分)AiA/m^21.34337519377615E+251.33217468429174E+25
    交流 i成分/r成分無次元5.30135754314808E-020.106027150779976
    解説:平均自由距離は電子で113→227nmと倍、正孔で7→7nmと変化無し。
    交流 i成分/r成分が0.053→0.106が倍となる。一般には平均自由距離は測定難しいにで高周波特性i成分/r成分比の測定により、実効質量を決定できる。i成分は電界の位相と90度ずれた位相成分、r成分は電界の位相と同位相を示す。


      演習問題では、基本的な入力条件の変更を行いましたが、これ以外にも入力条件をいろいろと変えてみるとよいでしょう。そして、半導体の特性がどのように変化するかを感覚的に把握してください。とにかくページの更新さえすればデフォルト条件に戻ります。どんな条件でも簡単に変えられるのが計算の良いところです。

  9.  
  10. 4章:ボルツマン分布に行く。
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