6章:半導体中のキャリア濃度

  いよいよ、半導体中のキャリア濃度を求める理論を展開しましょう。我々はこのために、4章でボルツマン分布、5章でフェルミーディラック分布を学んできました。
 学んできた数学的モデルの確率分布を実際の半導体中のキャリア濃度の算出に適用しなければなりません。
 最後の難関は、数学的モデル→現実への適用であり、この段階で我々はどうしても知りえない定数があることに気づきます。しかし、理論的に知りえない定数については、単に定数として取り扱い、最後に実験的に求めてもよいでしょう。これでも全ての関係式を実験的に求めるのと比べれば遥かに効率的です。

  1.  電子受容体(電子の箱)の大きさ
     5章で学んだフェルミーディラック分布を適用するには、我々はどうしても電子の箱の大きさを知る必要があります。フェルミーディラック分布は電子の箱に電子の存在する確率を与えてくれます。しかし、我々が知りたいのは、単位体積あたりの電子の数(すなわち密度)です。電子の箱の大きさがわかればこの変換が可能となります。

     1章の私の考える原子構造モデルで説明したように、量子力学の基本概念によれば、
      速度V(単位:m/s)で移動している物質の波長をλ、質量をm(単位:kg)とすると、
       m*V=h/λ ---(1-9)
     の関係が成立します。
     速度Vはベクトルであり、x,y,z方向の成分を持っています。(1.9)式を波長λの成分別に表すと
       λx=h/(m*Vx) ----(6-1)
       λy=h/(m*Vy) ----(6-2)
       λz=h/(m*Vz) ----(6-3)
     従って、電子の箱の大きさはV=λx*λy*λz程度の大きさを持っていると推定できます。ただし、これは厳密には正しくありません。V=λx*λy*λzは電子の存在範囲を表す大きさであり、電子の箱の大きさとは断定できません。そこで定数[βv]用いて電子の箱の大きさを下記の式で表します。
       電子の箱の体積[Ve]=λx*λy*λz/[βv] ----(6-4)
     微少体積をdx*dy*dzとし、m*Vを運動量dPx,dPy,dPzで表した場合の、半導体結晶の単位体積あたりの電子の箱の数[Bn]は下記の式の通りとなる。
       単位体積あたりの電子の箱の数[Bn]=([βv]/h^3)dPx*dPy*dPz ----(6-5)
       (h^3はhの3乗の意味)
     やった!!ついに半導体結晶の単位体積あたりの電子の箱の数が求まった。しかし、喜ぶのは早い。定数[βv]は実験的に求めるきりないのだ!!量子力学まで使った、([βv]/h^3)は意味があるのだろうか?定数/定数=定数なのだ。β=([βv]/h^3)としよう!!
       単位体積あたりの電子の箱の数[Bn]=β*dPx*dPy*dPz ----(6-6)
     電子の箱に電子がはいっている確率fiは5章のフェルミーディラック分布(5-5)式で与えられる。
     従って、単位体積あたりの電子の数はfi*[Bn]を全エネルギー範囲にわたって積分することにより求めることができる。
     ここで基準となるエネルギーに2章の原子間結合の性質で説明した、電離して自由電子となるエネルギー(Ec)を用い、(5-5)式のエネルギーEiを下記のように定義する。
       Ei = Ec + (Px^2 + Py^2 + Pz^2)/(2*[me*]) ----(6-7)
       (Px^2はPxの2乗の意味)
      (6-7)式において、自由電子のエネルギーは自由電子となる限界エネルギーEcに運動エネルギーを加えたものとして定義する。
     真空中の自由電子の質量は既知であるが、半導体結晶中においては近接する原子の影響を受け実効的には変化する。この影響を全て考慮した質量を実効質量[me*]とする。
     この実効質量[me*]も実験的に求めなければならない定数である。

     以上で難解さの最大の山場を越えた。それは、純理論的に導きだせない定数を単に定数の記号に置き換え、最後に実験的に求める手法を採用したことによる。
     先端の技術は全ての定数が純理論的に導きだせるとは限らないのである。しかし、実験的に全ての関係を求める作業と極限られた一部の定数を実験的に求めるのではその作業量は膨大な差が発生するであろう。

  2.  単位体積あたりの電子の数[no]
     (5-5)(6-6)(6-7)から、単位体積あたりの電子の数[no]は下記の式の通りとなる。

     (6-8)式が求める単位体積あたりの電子の数[no]を与える式である。(6-8)式はdPx,dPy,dPzの3重積分の式になっており、積分範囲は-∞から∞となっている。残念なことに我々が知る限りでは代数的な積分ができない式になっており、このままの形で積分を実行するには、「特設講座」有能エンジニアのための実用数値計算で紹介している「2章:数値積分」の手法を用いざるえない。しかし、数値積分を実行するのは計算時間が長くなるため、実用性にかける。
     代数的な積分を実行するために、
       Ec-Ef >> kT ---(6-9)
     の条件をつけ、(6-8)式の分母の1を無視するのである。
     シリコンでは(Ec-Ef)/kT=約23倍であり、(6-9)の条件は成立する。
     (6-9)式の条件で(6-8)式を変形すると下記のようになる。

     (6-15)式が単位体積あたりの電子の数[no]を与える式である。
     2πも定数であり、β=β(2π)^(3/2)で(6-15)式を置き換えても問題はない、最終のβは実験的に求める定数であり、3章:半導体特性の計算で用いている「キャリア濃度空間定数β」で1/m^3の単位を持つ。
     単位体積あたりの電子の数[no]は下記の(6-16)式となる。


  3.  単位体積あたりの正孔の数[po]
     正孔の数[po]を計算するためには、荷電子帯中の占められていない電子の数を見出さなければならない。ここでは以下の仮定が必要となる。
    (1)正孔は実効質量が[mh*]の粒子として振る舞う。
    (2)正孔のエネルギーは荷電子帯のエネルギーをEv、実効質量[mh*]、速度Vとした場合下記式で与えられる。
        E = Ev - [mh*]V^2/2 ----(6-17)
     上記の仮定はすなおには受け入れにくいものがあるが、観測される事実を式に置き換えたものと考えるべきであろう。
     正孔は実効的に正の電荷(q)を持っていおり、電界(E)の場において力(qE)を受ける。もし質量が零であれば無限の速度で移動することになり、また質量が無限大であれば移動しないことになる。観測される事実に合わせようとすれば、有限の値を持つ実効質量[mh*]を考えざるえない。

     また、(6-17)式は正孔の運動エネルギーが負の値として定義されているが、荷電子帯のエネルギーEvが単に位置ポテンシャルエネルギーのみでなく、運動エネルギーをもっており、荷電子帯から伝導帯に電子が移動することにより、運動エネルギーが引かれると考えるべきであろう。
     上記の仮定を受け入れれば、単位体積あたりの正孔の数[po]は以下の様に求めることができる。

     電子の箱が空の状態の確率fhは(5-5)式から

     正孔のエネルギー(Ei)は(6-17)式から
       Ei = Ev - (Px^2 + Py^2 + Pz^2)/(2*[mh*]) ----(6-19)
       (Px^2はPxの2乗の意味)

     (6-6)(6-18)(6-19)式から、単位体積あたりの電子の数[po]は下記の式の通りとなる。

     (6-20)式が求める単位体積あたりの電子の数[no]を与える式である。代数的な積分を実行するために、
       Ef-Ev >> kT ---(6-21)
     の条件をつけ、(6-20)式を変形すると下記のようになる。

     我々はついに、電子の数[no]を求める(6-16)式と正孔の数[po]を求める(6-23)式を得た。しかし計算を実行するためには、β、[me*]、[mh*]、Ec-Ef、Ef-Ev等の値を知らなければならない。
     3章:半導体特性の計算で用いた「半導体の特性制御因子」のドナ濃度やアクセプタ濃度が前記式のどのパラメータに影響するのだろうか?次章の不純物濃度と[po][no]積で論じたい。

     
  4. 7章:不純物濃度と[po][no]積に行く。
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